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【小説】スポットライト(仮) ※執筆中

第10章|レッテル

住宅街や道路脇にあるような街中の電柱には、様々な設備が取り付けられている。バケツみたいな見た目をした変圧器、設備改修時に欠かせない開閉器、電線の重みで電柱が傾かないよう電柱を引っ張るための鉄線、各設備を支えたり取り付けるための金具、他にも多種多様なモノがある。

訓練の内容を端的に言うと、それら各設備の仕様を学ぶ座学に始まり、各設備の新設・取替え・撤去をおこなう反復練習である。実際の現場では「高所作業車」で作業をおこなうことが多かったが、研修センターでそれを使用することはない。

つまり訓練生は、すべての作業を自らの足で電柱に昇ってから実施する。そのため最初の訓練は、何の設備も付いていない素っ裸の電柱を昇り降りするだけの「昇降柱訓練」だった。野球でいうキャッチボール、テニスでいう素振りのように、まずはボールやラケットに慣れるところから始まるのだ。

「昇降柱訓練!」

「電柱前に整列!!!」

「ピッー!!」

指導員長の怒号と凄まじい笛の音を皮切りに、倉庫前に整列していた訓練生は一目散に駆け始る。

電柱が一定間隔で立ち並ぶ広大な屋外訓練場、その日ごとに班別で割り当てられたエリアに全力疾走する。各エリア付近には倉庫が併設されていて、ひとり1本のハシゴを持ち出し、電柱の根元にそれを置く。

「準備よーし!」

昇降柱訓練の準備ができた旨を、目視できない距離にいる指導員長に向かって叫び、訓練生全員の準備が完了するのを待つ。数秒後、指導員長はメガホンを通じてカウントダウンを始める。

「5…4…3…2…1…」

凄まじい笛の合図と共に、全員が一斉にハシゴを取り付け始める。

「ハシゴ取り付け!(ハシゴの)角度よし!ベルト取り付け!(ベルトの)締め付けよし!(ベルトの)水平よし!加重点検!いっちにっ!ハシゴ点検よーし!昇柱準備よし!」

訓練生全員がすべての点検項目を大声で叫ぶ。もちろん指差呼称もおこなう。体育会系という表現では到底足りない、軍隊がおこなうような訓練である。実際この訓練は「自衛隊並みにキツい!?電力会社の訓練風景」という特集で、テレビに取材されたこともあるらしい。

「昇柱経路確認!」

「確認よし!」

柱の根本から頂上までを指で差し、どの経路で昇柱するかを確認する。訓練序盤では、昇柱用のボルト以外は何も付いていない素っ裸の柱で訓練するため、この頃は流れで実施している者がほとんどだった。

「ロープ振り回し注意!」

「フック取り付け!取り付け確認!」

(かちゃ、かちゃ、かちゃ)

「フック取り付けよし!」

ハシゴに2段上がったところで、安全帯のロープの先のフックを持ち、電柱の周囲を丁寧にまわす。利き手側にある墜落制止用器具(通称D環)にフックをかけ、ロープを3回引っ張ってフックの取り付け確認を実施する。先人たちが過去の災害から学び、導入してきた、作業員の命を守る大切な点検項目である。

「足場よし!」

「足場よし!」

ここでいう足場とは、昇柱用のボルトのこと。軍手越しにボルト1本1本の緩みを確認し、緩んでいたらレンチでしっかりと締め直す。訓練生たちは、そうやって確実かつ安全に頂上を目指す。1番上のボルトに到達した者は、一度安全帯のロープに全体重を預ける。この頃の俺は、これが怖くてたまらなかった。

「降柱経路確認!」

「確認よし!」

地上を指差しながら、今度は降柱経路を確認する。そして地上を目指し、安全に降柱していく。地上にたどり着くと、これをあと二往復おこなう。終わった者はハシゴを片付け、倉庫前に整列待機する。昇降柱が遅い者は中々帰ってこない。俺はいつもその中の1人だった。

ちなみに、声が小さくなってきた班員には、担当指導員がメガホンで怒鳴り散らす。人によっては殴ったり蹴ったりも当たり前。虫の居どころが悪いからか、ヘルメット越しに工具で頭を殴る指導員もいた。

もちろん俺も、何度も殴られて、蹴っ飛ばされた。痛くはないが、スパナでヘルメットをしばかれたこともあった。訓練に参加させてもらえない日もあったし、他の班員の目の前で叱責をくらうことは当たり前だし、嫌味ったらしいことを言われた回数は数え切れない。

これはパワハラだ!世の中の多くがそう思うような凄まじい光景が、訓練場の毎日には溢れていた。ただ、俺がハラスメントを自覚することはなかった。

喉は枯れ果て、手のひらはズル剥けで、指導員の怒鳴り声は日常で、筋肉と脳は常に疲労状態… ハラスメントかも?なんて、脳が働くほどぬるい環境ではなかった。それに人は不思議なもので、こんな劣悪な状況にも次第に慣れていった。辛いという気持ちはあれど、ハラスメントだと考えることは一切なかったのだ。

なぜなら!

これは訓練だから
 これは仕事だから。

厳しくて辛くて
 当たり前だから。

殴られたり叱責される
 すべての原因は俺だから。

俺への洗脳は、大成功だった。

高校生で伸びきっていた鼻はぐしゃぐしゃに折れるどころか、気付けば見る影すらなくなっていた。

最初の1ヶ月間の昇降柱訓練のタイムは、常に下位3番以内。昇降柱訓練の直後にある地獄の筋トレには、全くついていけない。電柱に昇った状態で、アームと呼ばれる鉄骨みたいなものをロープで持ち上げ、電柱に取り付けるという基礎的な作業も、中々上達しない。太い電線の被覆をナイフで剥く作業も、コツを掴むのに時間がかかった。訓練におけるすべての熟練度が、D班では常に最下位だった。

俺はやればできる。

高校で自信をつけたはずなのに、結果を出すために学習することを覚えたはずなのに、社会でも勝っていけると確信めいていたのに。万歳電力に入社して1ヶ月をすぎた頃の俺は、自分に「デキない奴」というレッテルを貼っていて、その後も何枚も貼り続けた。

昇降柱訓練が始まって1ヶ月が経過し、早くも大学院卒・大学卒の訓練生たちは各営業所に配属された。俺たちとは違って、昇進の道を歩む方々。営業所配属後に少しは実際の現場を見るらしいが、どうやら俺たちのよう汗臭い仕事はしないらしい。大企業ならではの、学歴の差を感じた。

そして時が経ち
部門別研修の最終月 2012年10月
技能コンクールが開催された。

訓練で習得した技術を披露する、班別対抗戦である。設計図通りに電柱に設備を新設していき、そのタイムと設備品質を競う。そのため全員が同じ作業を行うわけではなく、重要なパートは成績優秀者が、誰でもできるパートは成績不良者が担当することになる。

俺の担当パートは、電柱上での作業は少なめで、地上でのサポート業務がほとんどだった。つまり、タイムや設備品質にあまり影響がないポジション。俺はここでの訓練で、最後までレッテル通りの道を歩んでいた。

ちなみに結果は
第2位だった(7班中)

優勝候補のE班がダントツだったので、最善の結果だったことは間違いない。D班の勝因は、とてつもなく作業が早くて正確な2人と、平均以上にデキる3人の存在と、俺を含む残りの3人が大きく足を引っ張らなかったことである。

面白みも、感動も
嬉しさも、悔しさも
何の感情も出なかった。

こうして、巨大な研修センターでの訓練は幕を閉じた。そして俺たちは4つのエリア(神ベ・丸阪北・丸阪南・京斗)にある訓練センターに、14~15人ずつで振り分けられた。俺の配属先は神ベ訓練センターだった。

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